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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)2916号 判決

原告 谷口清治

右代理人 久保田美英

被告 南野松吉

〈外七名〉

右被告八名代理人 柏井義夫

主文

被告南野松吉は、原告に対し末尾物件目録記載の土地のうち末尾図面表示の(ろ)の位置を占める部分四百五十坪を明け渡し、且つ昭和二十六年十一月十一日から右明渡ずみまで一ヶ月一反につき金千五百円の割合による金員の支払をせよ。

その余の被告等七名は、原告に対し同じく(い)の位置を占める部分百四十七坪を明け渡し、且つ昭和二十六年十一月十一日から右明渡ずみまで一ヶ月一反につき被告南野マスは金五百円、同年明、加代子両名は各自金百円、同八重子、宗三郎、飯島ハルヱ、嶋田ユキヱ四名は各自金二百円の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

この判決は、原告において被告南野松吉に対し、金一万五千円、同南野マスに対し金二千五百円、その余の被告等に対し各金千円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

理由

昭和十六年頃南野宗吉が原告からその所有に係る本件(い)、(ろ)の土地五百九十七坪を畑耕作に使用する目的で期間を定めずに借りたことは、当事者間に争がなく、証人草開米造の証言及び右南野宗吉本人尋問の結果によれば、その際右宗吉が借り受けたのは、本件土地を含む末尾目録記載の土地計三反七畝二十七歩(千百三十七坪)の全部であつたところ、終戦後昭和二十二年頃までの間に本件(い)、(ろ)の部分を除く西側、東北隅、東南隅の面積にして約二分の一の土地を逐次原告に解約返還したものであることが認められる。(証人谷口ツネの右認定に反する供述部分は採用しない。)

そこで、右貸借関係が単なる使用貸借であるか、小作料の約定を伴う賃貸借であるか、の本件における主要争点につき検討する。

証人谷口ツネ(第一、二回)、松本寿賀子の各証言に南野宗吉の供述の一部を綜合すると、本件土地は従来未利用の空地であつたが、宗吉にこれを貸与する直前の約一年間は、休閑地活用の趣旨からこれを附近の玉川小学校に学校菜園として無償貸付し、同校の職員生徒において野菜の栽培に使用していたこと、その後宗吉において原告の母(親権者)ツネに右土地の貸与方を懇請し、その承諾を得て玉川小学校から土地の引渡を受け引き続いて野菜畑に使用するに至つたが、初年度からすでに相当の収穫があつたこと、右貸与に際し双方の間に小作料の点についてはなんの取定めもしなかつたし、その後終戦までの約四年間宗吉から小作料支払の申出をしたこともなく、原告側からその請求もなかつたことを認めるに十分である。もつとも、その間宗吉から原告家に初ものの野菜を届けたり、昭和十八年原告出征の際には米五升を持参したような事実はあつたが、両家は宗吉の妻から原告が授乳して貰つたこともある旧くからの親しい間柄であり、当時食糧不足の折でもあつたから、それらは儀礼ないし恩恵的な贈物であつて、土地使用の対価たる性質を有するものではないと認められる。右事実によれば、他に特段の事情が認められない限り、宗吉の本件土地使用関係は農地の使用貸借に基くものと解するのが相当であろう。

ところで、被告等は、本件土地は未懇地であつたから右貸与に際し相当収穫を得るまでの当初二年間の小作料を免除する特約がなされ、昭和二十年度から原告側の希望により、一ヶ月一斗の割合により、昭和二十一年度は一ヶ月五升の割合で小作料を米納した旨主張し、証人南野マス及び南野宗吉の同旨の供述、証人草開米造のこれにそう趣旨の証言があるけれども、これと反対趣旨の谷口ツネの証言のほか、免除の特約の点については前認定の通り従前右土地が学校菜園で宗吉が借受けた初年度から相当の収穫があり、また小作料不納期間が約四年にもわたること、米納の点にいては宗吉において別に昭和二十、二十一両年度の小作料を供託しており(成立に争ない甲第一、二号証により明らかである。)草開米造の証言によるも昭和二十一年頃にはすでに双方の間で土地明渡の紛争を醸していたと認めること等とも考え合わせて、これを信用することができない。

また被告等は、本件地区においては毎年部落一率の協定額に従い小作料を支払う慣習があり、双方とも右慣習による意思をもつて契約の際賃料の取定めをしなかつたにすぎないと抗弁し、証人草開米造、草開藤三郎、中野広治等の証言によると、布施市内菱屋東、荒本等の地区においては毎年末地主と小作人の代表者間で協定した一率の額により小作料を支払う慣習があつたが、昭和十五年頃布施警察署のあつ旋仲裁により畑地の小作料年額を反当金三十円と協定し、以後終戦まで同額の小作料が一率に支払われていた事実を認めるに足りる。右は農地賃貸借の場合における小作料の額の決定方法に関する慣習と一応認め得るものであるが、前認定の事実関係に徴すれば、双方契約に際し賃料については右慣習による意思をもつてその取定をしなかつたものと推定することは困難であるのみならず、かえつて谷口ツネの証言によると、同女はかねて親しい宗吉のたつての懇請により何時でも返還を受ける口約のもとにあえて無償でその耕作使用を許諾した事実が認められるから、右抗弁は採用できない。

さすれば、宗吉の本件土地使用は農地の使用貸借によるものというべく、昭和二十一年頃から原告の母ツネより何回となく宗吉に対し右土地の返還を申入れている事実は上記谷口ツネ、草開米造、松野宗吉等の供述により明らかであるから、遅くも昭和二十三年末頃には解約により使用貸借は終了したものと認められる。被告等は右解約は市町村農地委員会の許可がないから無効であると抗争するけれども、当時施行の農地調整法第四条により市町村農地委員会の承認を要するものと定められた農地の所有権、賃借権、地上権、其の他の「権利ノ設定又ハ移転」には、解除又は解約により既存の貸借関係を終了させる行為を包含しないものと解すべく、その他使用貸借の解約につき市町村農地委員会の承認を要する旨の法令の規定はないから、右主張も採用の限りではない。

そうだとすれば、南野宗吉は、遅くも昭和二十三年末限原告に対し本件土地全部を原状に復して返還する義務があるとともにその不履行により生ずる損害賠償の責任あるものというべく、同人の共同相続人たる被告等七名(被告松吉を除く)においてそれらの義務を承認履行すべきものであることはいうまでもない。

被告南野松吉において昭和二十四年以降本件土地のうち末尾図面(ろ)の部分四百五十坪を占有耕作する事実は当事者間に争がないところ、当時原告側において右使用につき異議がなく昭和二十六年六月頃原告の母ツネより耕作使用を許諾された旨の被告松吉本人の供述は、叙上認定の事実及び右ツネの証言に照しとうていこれを措信し難く、他に占有権原につき立証がないから、不法占有者として原告に対し右土地を明け渡し、その使用収益不能による損害を賠償する義務がある。

布施税務署に対する調査嘱託の結果により認定し得る本件土地の収益額に徴すれば、昭和二十六年以後原告が本件土地を使用収益できないことにより蒙る損害は、毎月反当金千五百円以上にのぼるものと認められる。

被告等は、原告の本訴請求をもつて権利濫用であると主張し、本件土地を返還すればそれだけ被告等の生活が苦しくなることは当然察せられるが、その一事により原告の請求を不当視できないことはもとより、他に被告等の主張を肯定するに足りる特段の事情も本件において認められない。

以上により、被告等に対する本件各土地明渡の請求及び被告南野松吉に対する損害金の請求はすべて正当として認容すべきものであるが、同被告を除く被告等七名に対する各自一ヶ月反当金千五百円の損害請求については、たとえ土地明渡債務が不可分であつても、既に生じた損害賠償債務が相続により相続人間に分割されることはもとより将来発生する損害賠償債務も相続人間に可分のものと解すべく、相続分の割合に応じ宗吉の妻である被告マスは三分の一、死亡した長男の子である被告年明、同加代子は三分の二を五分してさらに二分した各十五分の一、死亡した二男の子である被告八重子は、三分の二を五分した十五分の二、三男長女、二女であるその余の被告等は三分の二を五分した各十五分の二の割合によりこれを分担して支払えば足りるから、昭和二十六年十一月十一日以降右明渡ずみまで一ヶ月一反につき被告マスに対し金五百円、同年明、同加代子に対し各金百円、その余の被告四名に対し各金二百円の支払を求める限度において正当であるが、右限度を超え損害金全部の支払を求める部分は失当であるから棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、九十二条、九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 橘喬)

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